その昔「お遍路」とは死出の旅でもありました。
不治の病にかかった人、家も家族も財産も無くした人など、人生に落胆した人や、何もかも無くなってしまった人がせめて自分の最期には仏様の御利益をいただきたいとお遍路の旅に出たということです。いつ死んでもいいように白装束を身にまとい、自分の墓標になるように金剛杖を突いて巡礼していたようです。今では、たくさんの人が自身の修行として、信仰の場として、もしくは観光としてなど様々な豊かな気持ちでお参りをされておりますが、昔はそういった覚悟をもってお遍路の行に赴いていたようです。もちろん今でもそんな覚悟を持ってお参りされている方もいらっしゃいます。
昔の人に聞くと、よく遍路道で息絶え亡くなっているお遍路さんがおられたそうです。そういうお遍路さんを近くの村の人たちが手厚く葬り、そこに小さな墓石やお地蔵様を建立し供養したそうです。今も残る遍路道脇の小さな墓石やお地蔵様は悲しくもそこで息絶えたお遍路さんのお墓なのかもしれません。
もちろん皆様それぞれの思いや願いを持って巡拝されることは大変結構なことですが、古にはそんなお遍路の姿があったのだと知っておいていただきたいものです。
そんな古の続きのお話・・・不治の病にかかり死を覚悟して遍路行に臨んだお遍路さんの中には、仏様のおかげをいただき、病が完治して無事故郷へ帰られた方もたくさんいらっしゃったそうです。小豆島霊場にはそんなおかげ話がたくさんあります。