その昔も・・・


このところ小豆島は春の陽気につつまれ、あちこちで春の訪れを感じられます。

小豆島霊場の札所には各所名物になるような風景を見ることができ、そしてまた様々な植物が植わっています。
それを見ながらお参りするのも楽しいかもしれませんね(^_^)

お大師様も、春は桜、夏は太陽と海、秋は赤く染まった山、冬はチラチラ舞う雪・・・
そんな自然が見せる様々な顔をご覧になりながら、小豆島でご修行されたことでしょう。

心なしか「修行大師さま」お顔が微笑まれているようでした。

佳鳳拝


早駆遍路


早駆(はやがけ)とは、文字通り早く駆けることである。
ついこの間、早駆遍路とも言うべき、大急ぎで歩き遍路する若者に会いました。

聞けば、前泊は小部で、豆坂・福田・橘の3つの峠を越えて、2番札所 碁石山までざっと40km以上歩いて来たそうな。そして、今日の目的地はまだ先だと言う。

「せっかくなので一緒にお勤めしましょう」

と声をかけたが、先を急ぐので、と足早に去ってしまった。

お遍路にはいろんな形があって良いと思うが、せっかく小豆島を歩き遍路をするのだから、自然を楽しみ、人の心に触れて欲しいものだと切に思う。
昨今、お経を唱えない、朱印をしない、白装束を纏わない、カメラ片手に手も合わせないお遍路さんが増えています。
それは遍路ではない、とは言わない。しかし、それぞれに意味があって、その醍醐味を味わず、知ろうともしないで「遍路した」とするのは勿体ないと思う。
まず、そんなに急いで記憶に残るものだろうか。


とは言え、忙しい昨今、現代人は少ない休みを利用して国内や海外を旅行しています。
かく言う私も、サラリーマン時代は、出勤日の早朝に到着する航空便を利用して海外旅行をしたものです。そうでもしないと旅などというモノができないのが、現代社会の構造上の問題でもあります。

1ヶ月かけて四国を歩き遍路したり、10日間の予定で小豆島を旅する、なんてことは仕事を辞めない限り実現不可能な贅沢に違いありません。

休みが目一杯とれたので5日間で小豆島を歩き遍路しよう!

その心意気や良し!である。であるが、それなら2日間を4回にわけてお遍路してください、とすすめます。
既に何度も歩き遍路をされているベテランの方や山岳修行者ならまだしも、小豆島はそんなにせわしない島じゃないんです。のんびりしてるんです。そのゆっくりとした時間の流れに身を任せて、そこにある空気を、風を、感じていただきたい。
貴重な時間、そうじゃないととても勿体ない。

冒頭の若者は、強行軍のせいか脚を痛めていました。その後、無事結願できただろうか。
願わくば、彼の記憶に残ったモノが「しんどかった」「痛かった」ばかりでなく、楽しい土産話や、また御礼参りしたいと願う心でありますように。

慈空拝


小豆島が益々賑わいます!!


今日は春らしいお天気となりました。
風はひんやりしていますが、日向に行くとポカポカ(^_^)

さて小豆島霊場もお遍路さんがボチボチ増えてくる頃です。
今年もたくさんのお遍路さんが訪れることでしょう・・・

また今年は第2回目の「瀬戸内芸術祭」が開催されます。
瀬戸内の島々でたくさんの芸術作品が展示されますが、前回も大変賑わいましたので、今回もたくさんの見物客が来られることと思います。

もちろん小豆島もたくさんの展示があります。その準備でお寺の近所の展示場では作家さんたちが朝から夕方まで「トンカントンカン」やってます。今回はどんな作品がみられるのでしょうか・・・。

そんな現代芸術の作品も良いですが、その展示場の側には、恐らくほとんどの場所で「霊場札所」があります。
そんなお寺やお堂、そして何より仏像は古代芸術でもあり、また小豆島霊場特有の山岳霊場においては自然が織りなす芸術でもあります。

信仰心が無くとも、仏様に手を合わせば、あなたの心はきっと癒されることでしょう。

佳鳳拝




寒い日のお参り

小豆島に雪が降りました。
ちょっと積もっただけで、傾斜のきつい山寺の車道は滑落の危険を伴います。軽トラだと尚更。こんな日は歩いて山を登ります。
雪が降ろうが雹が降ろうが、それでも何とかしてやってくるお遍路さんはいます。

「大変でしたね。でもきっとお陰がありますよ」

寒い日のお参りは、ふだんのお参りに比べより一層仏様の功徳があると言われます。特に1月5日から2月の初午までの30日間の参詣は「寒参り」といって、お寺や神社でもさまざまな催し事が行われます。

しかし一方で、暑い日のお参りも霊験あらたかだと言われます。これにも諸説あります。

謂われは各々あると思いますが、私が思うに・・・
寒い日のお参りも暑い日のお参りも、ふだんのお参りに比べて、たくさんのエネルギーを費やさなければなりません。体力的にも精神的にも、時間も、場合によっては金銭的にも。でも、それだけの労力をかけて、仏様の前に辿りついた時に感じることは、

「あぁ、よくここまで来られたな。来させてもらえたな。」

そう思って、合わす手には余計な雑念はなく、祈願の前に感謝があり、気持ちがまっすぐ仏に向かうのではないでしょうか。唱えるお経の一音一音も違ってくるでしょう。

車で入口に横付けして、エレベーターで登ってきたら、そんな風に思うことはなかなか難しいのが人間です。

寒い日、暑い日、晴れた日、雨の日、雪の日、お参りする日がどんな日でも、そうした心で臨むお参りは、きっと御利益があると思います。

慈空拝